台北は全台湾でパン屋さんが最も密集している地域です。昔懐かしい台湾風味のパンから今流行の欧風パンまで、それぞれ味の余韻を楽しませてくれる思い出や物語があり、噛めば台北ならではの幸せなおいしさが口に広がります。 台湾風味のパンは思い出の味
子どもの頃、路地口にあったあのパン屋さん。通り過ぎる時いつも濃厚な香りに引きつけられて、お母さんに買って帰ろうよと大きな声で言ったものです。あの忘れられない昔懐かしい味は、味覚だけで感じるものではありません。幼い頃のさまざまな思い出を味わうものでもあり、まさにこれこそが昔ながらの台湾風パンの人気が衰えない理由なのです。ベーカリー業界団体、台北市糕餅商業同業公会の呉官徳理事長によれば、台湾風パンはすでに7、80 年の歴史があり、メロンパン、あんパン、ねぎパン、肉鬆(肉でんぶ)パンの4 つが台湾風パンの「四天王」だといいます。呉理事長のお気に入りは子どもの頃の記憶がよみがえるメロンパンだそうです。どんなに時代が移り変わっても、昔ながらのパン屋さんではメロンパンの売上がいつも一番です。
台湾風パンの人気の理由は柔らかな口当たり、そして多彩な形と味にあると呉理事長は分析します。しょっぱいパンも甘いパンも何でも選べて、中にはたっぷり具やあんが詰まっています。ひとつのパンでさまざまな食感が楽しめるのです。
「台湾風パンは台湾のパン職人にとって必修科目といえます」呉理事長はパンの美味しさを左右する最大のポイントはいい材料を惜しみなく使うことと新鮮さで、後は職人の腕によって差が出ると考えています。今年3 月、糕餅公会と台北市観光伝播局は「台北パン学コンテスト」を共同開催しました。参加者は新しいアイデアで実力を発揮し、これまでとは異なる台湾風パンでみなを楽しませてくれました。
昔ながらの味、華麗に変身
初めて開催された「台北パン学コンテスト」の「懐かしの台湾風パン」部門では「Semeur(聖娜)」の陳建文さんが優勝しました。パン作りの世界に入って15 年の陳さんは、パン生地をこねる作業をし過ぎたために腕を痛めてしまったことがあります。医者から人工軟骨を入れなければならないと警告されてましたが、わずか1 カ月の休みを取っただけで再び仕事に戻ったそうです。
今回受賞した「火山肉鬆」は、奥さんと日本へ遊びに行った時に見た富士山にヒントを得た作品です。昔ながらの肉鬆麵包のような長い形ではなく、中にも外にもたっぷりと肉でんぶが使われていて、まるで火山が爆発しているような勢いがあります。また「膨然心動」という名前が付けられたメロンパンは陳さんが何度も試作を繰り返した後、イチゴの名産地、大湖産のドライストロベリーのかすかな酸味とメロンパンがよく合うことに注目して生まれた作品です。形はエクレアのようで、砂糖で作られた型抜きの花が飾られており、幸せな雰囲気にあふれています。
コンテストで2 位となった「チャーリー・ブラウン」の黄宣銘さんは、同店の蔡先生と楊先生の指導と、パン作りを学び始めて3 年あまりでコンテストに参加するチャンスを与えてもらったことに感謝を述べました。黄さんはお母さんがかぼちゃが大好きだということで「かぼちゃメロンパン」を作り、審査員から好評を得ました。開発にあたって、最初はかぼちゃをパン生地に練り混んだり表面の皮の部分に入れてみたりしましたが、どれも食感が硬くなってしまいました。そこでかぼちゃを1 日つけておいて柔らかくしてから、パンの表面に開いた花びらのように置きました。こうして美味しくて見た目も美しいパンが出来上がったのです。
「魚鬆餜子」の作り方も斬新です。黄さんはパン生地に特にこだわりがあり、肉鬆の代わりによりさくさくした歯触りの魚鬆(魚のでんぶ)を使い、パンの中にごく少量の油條(揚げパン)を入れて食感を豊かにしました。また「梅蘭竹菊」(古来から詩や絵画の題材として好まれる4 つの植物)のコンセプトを取り入れたサンドイッチも人々を驚かせました。豚の肩ロース、ブルーベリージャム、サラダ用のタケノコ、ポテトグラタン、そして野菜と果物という新しい組み合わせが受賞のポイントとなりました。
ずっしりと香り高い欧風パン
台湾では最初、台湾風と日本風のパンが主流で、現在も台湾風パンが多くを占めています。しかし呉宝春さんがパンの世界大会「クープ・デュ・モンド・ド・ラ・ブーランジュリー」で優勝してからは、欧風パンの人気が高まってきました。
台湾の欧風パンは純欧風、健康志向タイプ、ソフトタイプの3 つに分類できます。呉理事長は西洋人にとってパンは主食であり、私たちにとっての白米と同じで料理やスープと一緒に食べるものなので、料理の風味を楽しむために余計な味を持たせる必要がないと言います。
そのため伝統的な欧風パンはしっかりと硬くて具やあんは入っておらず、入っていてもナッツやドライフルーツが少しだけで、あれこれと装飾が施らされたものは少ないのです。健康志向の欧風パンはさらにシンプルで、油と砂糖をほとんど使っていません。しかし台湾人はパンをそのまま食べることが多いので、それに合わせてソフトタイプの欧風パンも生まれました。食感は柔らかく味も多彩です。
作り方も、台湾風と欧風では全く異なります。呉理事長によれば、台湾風パンは砂糖と油を入れてパン生地を柔らかくしますが、欧風パンはドライイースト、塩、小麦粉で作られます。フランスパンを食べる時に大事なのは麦の香りを楽しむことですが、その一方で、台湾風パンが追求しているのはさまざまな具やあん、それにパン生地から生み出された味わいなのです。現在、最も人気が高い欧風パンはフランスパンです。外はカリっとして中は柔らかく、バターやオリーブオイルをつけて食べます。次に人気なのは全粒粉パン、ロールパンなどです。しかし本場の欧風パンはそのまま食べると変化に乏しいので、台湾のパン職人によって改良されて呑み込みやすくかつ本来の特色を失わない商品が登場しています。
東西の融合で新しい味を
「台北パン学コンテスト」の「流行の欧風パン」部門では「セントポール(聖保羅烘焙花園)」の邱俊一さんが優勝しました。中学校卒業後すぐにパン屋さんでパン作りを学び始め、すでに20 年以上のキャリアのある邱さんですが、コンテストの前には万全の準備に努めました。休みを利用して設備メーカーへ赴き、コンテストと同じ設備が揃った作業スペースを借りて約10 回の「模擬テスト」を行ったそうです。こうして指定時間内に作品を完成させることができるようになりました。
邱さんの受賞作品は、台湾生まれの材料をふんだんに使用しています。「橙香乳酪可頌」はチーズの中に新鮮な蜜漬けオレンジを加えて、魅力的な香りと素晴らしい風味を生み出しています。「乳酪麺包」はドライローゼルと2 種類のチーズを組み合わせ、しょっぱさと甘さが爽やかに広がります。「果乾雑糧麺包」は台湾産のドライピーチと米国産の干しブドウのハーモニーが、パン生地にフルーティーな香りを添えています。
2 位を獲得したのは「東京時尚烘焙坊」の洪聡賢さんです。高校を一年生で中退した後、熱心にパン作りを学んで21 歳で店を開きました。今回親友たちの薦めでコンテストに参加した彼は、前回の「City Bread Championship( 都市対抗パン作りカップ)」の台湾代表に指導を仰いだり、大先輩のパン職人たちに電話でアドバイスをもらったりしました。洪さんはコンテストの指定項目のひとつであった「クロワッサン」が最も難しい欧風パンだったと言います。さくさくとしたおいしいクロワッサンを作るためには、油の可塑性と適切な温度調整に注意しなければならず、さらに製作時にはパン生地を冷たくしてから取り出すか、冷房のついた部屋で作業をしなければなりません。試作過程で1,000個以上失敗し、コンテスト当日になってついに完璧な作品を作り出すことができました。
「聖女貞徳」というチーズパンはマルゲリータピザからヒントを得ました。自作のオイル漬けした新鮮なトマトと台湾バジルをスモークチーズに添えて味を引き立て、飽きのこない豊かな食感を作り出しています。「沁心」はドライフルーツを使った雑穀パンで、一般的によく使われるバラの葉やジャスミンの葉などは使わず、ミントの葉を使っています。これに大湖産のドライストロベリーが思いのほかマッチして涼しげな風味を生み出しています。すでに15 年の経験がある洪さんですが、今も時間があれば台中から新幹線で北部へやってきてパン作りの勉強を続けています。2018 年の「都市対抗パン作りカップ」の優勝カップを台湾に留めることが彼の目標なのです。
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